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退院〜

3月1日(木) 天気晴れ

今日は、昨日に比べていいお天気おてんき気温も高く、いい気持ち楽しい
さて、2月25日少し早いいーちゃんの四十九日をしました。本当の四十九日は明日なんですが、早いですよね・・・ニコニコ
日曜日は、みんな休みということもありうちのリビングいっぱいに親戚が集まりました。いーちゃんも、とても嬉しかったと思いますぴかぴかきれいなお花や、たくさんのお菓子をいただきました嬉しい
そうそう、いーちゃんの入仏法要もしたのでいーちゃんは、ようやく仏壇(新居)に入ることが出来ました。

そして、27日に思わぬプレゼン・・・プレゼント日和ママからでした楽しい
ひよちゃんとおそろのローソク立てでした。ちいママさんからプレゼントされたのと同じものでした。早速、いーちゃんのそばに置きましたぴかぴかあと、日和ママがUFOキャッチャーで捕ったスティッチ人形4体拍手ママ、どうもありがとうね〜わーい


さて今日は、いーちゃんが退院してからのことを書きたいと思います。
3月29日、この日は母ちゃんのお友達のまにわちゃんが来てくれました。まにわちゃんは、妊婦さんでした赤ちゃん小さいいーちゃんを見て「かわいいハート大小」と言って抱っこしてくれたり、手のマッサージをしてくれたりしました嬉しい
そして、この日は父ちゃんのお誕生日ケーキ2でも、いーちゃんがいて忙しいのでケーキも無く誕生日らしい誕生日はしてあげれなかった悲しいでも、家族で過ごせることが一番のプレゼントでしたプレゼント
お姉ちゃんは、いーちゃんに近づき頭をなでていましたすごく微笑ましい姿でした揺れるハート


3月30日、この日は早くもお姉ちゃんがいーちゃんをガラガラであやしていましたよつばのクローバー「いーたん」って言いながら、あやしている一方でまとわりついて離れず抱っこ三昧汗いーちゃんは、チュービングでは物足りず口をパクパクして怒っていました。考える力もあるのだと父ちゃんと喜んでいました拍手
靴下をはかしてみたら大きくて、ブーツを履いているようでした靴可愛くて、思わず写真に撮りましたカメラ


3月31日、この日は甘え泣きがとてもひどく抱っこばかり・・・あせあせそれでも泣き止まず指を近づけると勢いよく吸い付きました。なので、初めて直接授乳を試みました。でも、イヤそうな顔をして泣き出しました泣き顔ゴムで慣れたのかとショックを受けたことを覚えていますたらーっ


4月1日、この頃は抱くとよく首を左右に動かしたり、両手を広げたり、つかんだりと活発に動くようになりましたびっくり
また、泣いてるときに前を通ると母ちゃんが行く方を目で追うようになりました。追視が出来るようになっていたんです楽しいしかも、離れた距離でも見えていました見る

4月2日、この日はたくさん親戚が来てくれました。曾ばあちゃんも初めてご対面ぴかぴか曾ばあちゃんは、とても嬉しそうでした楽しい
みんなが帰った後くらいからだったか、いーちゃんの調子が悪くミルクを吐いてしまいましたあせあせ


4月3日、この日も何度も吐いていましたしょんぼりチューブのせいかと思い、夜中に交換しました。初めて家で交換したためか、何度もやり直し・・・大泣きさせてしまいました悲しいそれからは少しましで、えずきもなくなりました。

4月4日、この日は退院して初めての受診病院生まれて外に出るのは2回目でした。吐いてることも伝え、検査をしましたが異常なし。排気ができていないかもと言うことでした[:がく〜:]体重は、2360gで心肥大もましだと言うことでした嬉しい
この病院の外来に20歳の18Tの子が通ってることを聴いてビックリでした。

4月5日、この日は吐物に茶色のものが混入どんっ夜中に、血も混入していて慌てました冷や汗嘔吐は続いて元気はあるもののとてもしんどそうだったことを覚えています。とにかく不機嫌でした。もう少し様子を見ることにしました。

4月6日、この日もずっと嘔吐は続きコーヒー残渣様なものを見て慌てて病院に行った事を覚えていますびっくりレントゲンでは、異常なく他にも症状が出ていないため説明のしようがないと言われましたしょんぼり
薬で胃が荒れたのかもと胃薬で様子を見ることに・・・。先生に、ネットで調べた幽門狭窄の症状に似ていたと伝えましたが否定されました。

4月7日、この日はお姉ちゃんの1歳6ヶ月健診でした。いーちゃんも、仕方なく連れて行くことに・・・あせあせまだ嘔吐はあってとてもしんどそうでした。

4月8日、この日の朝、いーちゃんは顔色も悪く元気も無く明らかに変でした。通院中のA病院に電話して当直医に事情を話しても、返答も悪く・・・あげく、「どうして欲しいのですか?」と言う答えが怒り医者としてと言うより、人間としてこの人は失格だと思いました。腹が立ち、すがる思いでK病院に電話して、生まれてから今までのことを話しました。先生は、女医さんでとても親身に相談にのってくれました。そして、転院のことを告げるといーちゃんのことを考えてA病院へ入院することを勧められました。仕方なく、A病院に再度連絡し入院させてもらいました。A病院のこの日の当直医は、最低な人でした。話すのも腹が立つくらい・・・。しばらく、絶食で点滴で様子を見ることになりました。

4月9日、この日は点滴だけにしたおかげか嘔吐もえずきも減りました。薬を注入しても吐くため、内服も止められた[:がく〜:]この頃は、フェノバールを内服していたため止めることで痙攣・無呼吸が起きないか不安でした。主治医は、生まれて搬送されたときから診てもらってる先生にしてもらった。父ちゃんも私も、いーちゃんの症状は幽門狭窄だと確信しているのに、先生は根っから18Tの合併症だと信じ他の検査すらしてくれませんでしたぶー納得の行かない私たちはこの日から、遠慮せずバンバン聴いてみることにしました。

4月10日、この日は嘔吐も治まり注入が再開されました楽しいはじめは、胃の負担も考慮して2倍希釈のミルクを20cc/8回で開始。注入後も調子よく、便もしっかり出ていましたイヒヒ
熱も出て、ゴロゴロ・・・少し風邪気味のようでした。


4月11日、この日は吐くのも治まったからと言っていきなり元の濃度のミルクに・・・大丈夫かって思った矢先にやはり消化できておらず、絶食となりましたポロリそして、いきなり便も出ないようになりかなり大声で苦しさをアピール泣き顔先生に言っても、ムッとされて仕方なさそうに翌日に胃透視することとなった。


4月12日、胃透視の結果は幽門狭窄。あれだけ私たちが言っていたのに聞き入れてもらえなかったことに、そして謝るところか淡々と何食わぬ顔で手術の説明をする先生に腹が立った怒りまた、心臓にも2箇所穴が開いていて手術した方がよいと言うことだった。でもこんなところで手術はできないと思い、K病院の女医さんを頼りに電話で全て話し転院することにした。私たちは、この日から医療不信となりました。


4月13日、この日はK病院に転院。しかも、母ちゃんの誕生日ケーキ2いーちゃんのことで頭がいっぱいでそれどころではなかったのを覚えています。
朝から止まっていた無呼吸が久しぶりに出た。きっと、いーちゃんも何か感じ取ってるに違いないショック
救急搬送中も、1回無呼吸があり先生も少し慌てた様子。でも、先生には悪いけどやっぱり許せなかった。車内で先生と話すこともなく、また先生の顔もろくに見ることはなかった。K病院に到着。女医さん(M先生)に「お母さん、やっと会えたね。今まで辛かったね。」って言われたとたんに涙がこぼれました悲しいもっと早くに、いーちゃんをここに連れて来ればよかった・・・。いーちゃんに対しても、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

今回のことで思いました。『優しいだけの先生』と、『出来る先生』は違う。親は、どうにか助けてもらいたくて『命』を医者に託すのに、親の意見を無視して病気のことしか見えてないのはダメだと思いました。病気があろうと無かろうと、もっと今出ている症状に着目すべきだと思いました。原因が無いものも中にはあるだろうけど、何も調べないで決め付けるのはよくないことだとこのことを通じて再確認できました。

今日は、ここまで楽しい長い文章だから読みづらいと思います。ごめんなさい。
これからも、まだまだ続きましのでいーちゃんのこともっと知ってやってくださいね。
posted by: いーちゃんママ | 退院〜 | 17:03 | comments(18) | trackbacks(0) |